2007年3月6日火曜日

バレンタインとweb






先日ある銀行の営業担当の青年が事務所にやってきた。一通り用事が終わったところで 僕の悪い癖の薀蓄の押し売りが 始まった。わが社と取引するにはこの薀蓄に耐える 忍耐力が先ず要求される。「バレンタイン」だ。と言っても、チョコレートの ではなく タイプライターのバレンタインだ。昔々、もう30年前のこと、エットーレ・ソットサスという デザイナーがオリベッティーの為にデザインしたもので、MOMAの永久保存にも なっている。何が画期的かというと先ず、今までタイプライターと言えば 黒い鉄の塊と 決まっていたものを真っ赤にしたことだ。もちろん、収納ケースと一体になった「バケツ」の 由来となったデザインも ユニークですばらしい。発売当時は何故かTVコマーシャルまで していた。英文科の学生にとってはタイプライターは必需品 だったとは言え、微々たる 数だったと思うのだがどうしてTVCMかはよくわからない。カッコイイと言うよりは「素敵」な CM だった。レナウンのイエイエと同じ頃である。僕の研究室で海外の文献を要約したり するのに使っていたのはレッテラ32だった。 その後、エットーレ・ソットサスはインダストリアル・ デザインに留まらず、建築、都市計画の分野でその才能を発揮する。 僕の大好きな デザイナーの一人だ。
さて、タイプライターと言うのは言うまでも無く、今のKBの様なSWではなく、キーを たたくとタイプフェースのハンマーが インクリボンを叩き紙に印字される仕組みでその 「パン、パン」と言う音がないいとも心地よい。僕の高校には、タイプライター部 があって、部室から聞こえる「パン、パン、パン、カシャッツ、チーーーン」と言う音は 何か文化の香りがし、今でもけだるい 若き日の記憶の音として耳に残っている。 機種によって音色もさまざまだ。サウンドデザインの世界である。その意味では 今のPCのKBもまだまだ文化の域には達していないと言える。
映画の世界でも、 社長の隣で金髪の秘書がタイプを叩いている姿は典型的だ。若い人は知らない ようだが、アランドロンと マリーラフォレのルネクレマンの名作「太陽がいっぱい」 でもタイプライターは大きな役割を果たしていた。金持ちの友人を 殺したアランドロン 演じるトムはアリバイ作りのため友人名の手紙を偽造する。といっても、彼の筆跡を すべて真似ることは 困難なので自署(サイン)のみを一生懸命練習する。そして、 友人の恋人宛にタイプで手紙を書き名前を手書きでサインする。 よく、海外の会社 から受取る形式だ。そこに、刑事の疑惑が芽生える。なぜ、恋人宛が手書きでは ないのか。タイプで打って サインするのはビジネスレターだろう、というわけだ。 なんでもワープロ、反省か。
なくなったのは寂しいが残っているものもある。 今のenterキーは、端末時代はcr/lfだった。Carriage return/line feed だ。EmailのCCだ。カーボンコピィは 知っていても、タイプライターのドラムに方カタカタと紙とカーボン紙を挟んで巻き つけるのを 知っている人はもう少なくなってしまった。それでも、グーテンベルグは タイプライターになり、QWERTY配列とカーボンコピーは パソコンに引き継がれた。 マルコーニはラジオ、TVになり、ダニエルベルと結びついてインターネットとなった。 日本の文明が そのルーツに無いのは少し寂しい。
ところで、その若き銀行の青年の極めつけの質問、
「ところで仮名漢字変換はどうするんですか?」