2009年7月20日月曜日

トイレ-食糞性コガネムシー共生

山小屋で悩んだ問題はトイレ。週に1,2度しか来ないので処理量は少ないが、やはりこれは避けて通れない。小さいほうはあまり問題はないのだが、やはり大。自然界でしたことのある人は最近は少ないのではないだろうか。想像すると笑ってしまうが、でこぼこした地面で踏ん張るのは難しい。まずは、踏ん張れる平面があることが基本。そして、やはり周りがオープンであることの落ち着かなさだ。と、言う訳で斜面にパイプで水平面を作り、フレームを組んでトタンの囲いと屋根、そしてドアも制作した。さて、これからが問題だ。問題は後の処理だ。簡易浄化槽を設置する、おが屑に細菌を加えて分解する、携帯トイレを使う....。机上ではいろんな案があがった。何事も実験、実験。ちょうど大きいほうが催したので用を足して帰った。(ティッシュは燃やして帰る)翌週来てみると跡かたがない。コロンとしたいい形と固さの典型的なのを落としていったのだが、何となくこれかな?と思われる場所はつちのかたまりになっている。さらに観察してみると、食糞性コガネムシがいるではないか。なかなか色つやの良いハンサムなやつだ。彼らがちゃんと分解し自然に帰してくれているんだ。わざわざ下水道を作り流して浄化する、、薬品で固めてしまうなどは典型的テクノロジー依存の発想だが、きれいなトイレを作っておがくずを入れ細菌を入れて分解するというのも考えてみれば都会的バイオテクノロジ発想だ。自然は循環の仕組みをちゃんと用意している。この間、僕の食料を横取りした獣だけでなく、小さな昆虫もいてみんなで助け合って生きている。蟻も、百足も、蜂も、蛇も、いろんな奴がここにはいる。自然と共生するというのは本当はこう言うことなんだ。

2009年7月19日日曜日

ハンモックで至福の時


都会は暑いというのにやはり山は涼しい。イケアで買ったハンモックを持参。小屋の中に吊るす。風がぬけ食後の至福のまどろみの時間。聞こえるのは川のせせらぎと鳥の声のみだ。1時間ほど寝てしまった。一冊読破などという気は失せてしまう。気が向くままにページをめくる。
リーマンショック以降評判はすこぶる悪いフリードマンだがいいことを言っているネ。
「政府による統制活動が大幅に増大したのは、善意に満ちた人々が社会のために良いことをしようとした結果だ。・・・・これらの人々が追及した目的が良いものであった点は疑問の余地がない。しかしやり方には2つの問題点があった。①人は他人のお金を自分のお金ほどに注意深く使わないため浪費が起こる。②他人のお金を使う限り権力が必要となる。そこに福祉国家主義の危険がある。
ムー。
山にいると鳥の鳴き声で雨の降るのがわかる。今日も一雨来そうだ。引き上げるとしよう。

2009年7月17日金曜日

ブラックスワンを読む




山に行かないと本が読めないのかという気もするが、やはり山小屋は落ち着く。聞こえるのは風の音と、せせらぎの音のみ。今日は途中から雨が降ったがそれもまたおつなものだ。





消化不良気味なのでランダムな「ブラックスワン備忘録」

七面鳥の帰納法 : 飼主から今日餌をもらった。昨日も、一昨日も、その又前の日もずっともらっていた。感謝祭の前日は、いつもより沢山もらった。飼い主はきっと良い人だ。そして翌日、七面 鳥はその手で絞殺される。

イタリアで井戸に落ちた一人の子どもの救出をレバノンで戦火の中にいる人が心配する。
神を信じる人たちが祈りを捧げ海に出、その後難破し生き延びた石板画を見せ神の存在を説いた。祈りを捧げて海に沈んだ人の絵は?(キケロ)(その人たちは信仰が不十分だ ったんです=monk)現象を一貫して正か負のどちらかに偏らせて見せるバイアス⇒奇跡を信じさせ、宗教に帰依させ、保険に加入させる。

億万長者の特性を調査すると共通点は「勇気があって、リスクを積極的にとり、楽観的.....」(億万長者になる方法)、失敗して破産した人の特徴「勇気があって、リスクを積極的にとり、楽観的.....」

犯罪は割に合わない。犯罪を犯し逮捕された人は新聞に載るが、まんまと成功した人は載らない。
9.11の被害者は様々な救済を受けるが、その後危険を回避するため自動車の移動に変えて事故にあった人はビンラディンの被害者とは言わない。

物言わぬ証拠は2つの意味で我々の前に立ちふさがる。推論を行う無意識の領域は墓場を無視する。意識の領域ではそれを勘定に入れないといけないと解っていても。...不
確実な状況が取りうる範囲を押し縮め(未知の空間を小さくして)自分が知っていることを過大に見積もり不確実性を過小評価する。

具体的な姿をもった異常現象を過大評価して訴求する。⇒保険業界の常套手段

黒い白鳥には3つの特徴がある。①予測できない②重要な致命的影響を及ぼす。③後から振返ると説明できる。
画期的発明の多くはセレンディピティserendipity⇒セイロンのこと⇒知らなかった。セイロンの3人の王子がいつも偶然と機転のおかげで探していたわけではない素晴らしいものを発見する。多くの画期的発明は、パーティションで区切られたブースで予定表に従って作り上げられたものではない。フレミングは何かを探していたが、抗菌性を探していて研究室の隅の培地の青カビに注目していたわけではない。(プラスティックも=monk)...ガモフはビッグバン仮設を理論構築したがその証拠を発見したのはベル研。電波望遠鏡のノイズは鳩の糞だと勘違いして取組み宇宙背景放射を発見したためだった。

ほとんどの予想屋はそれによる予想されていなかった大きな変化を予想できなかった。IBMの創業者であるトマス・ワトソンはコンピュータは世界で数台あれば十分だと思っていた。そもそも遠く離れたシベリアの友人とチャットするためには創られていなかった。(M.マクルーハンは偉大だ=monk)

明日まで生き延びたら①不死である可能性が高まった②死に一歩近づいた??
歴史をリバースエンジニアリング出来ないのは、焼いた卵を元に戻せないのと同じだ。
お腹の中の子供の性別はランダム(50%)だが、医者には判っている。ランダムとは不完全情報のことである。

運は知性よりも更に公平だ。人は能力によって報われるとしても不公平は残る。ランダム性は社会のカードをシャッフルし肩で風を切る大物を叩き落とす.
ネットワークは放っておくと独りでに集中した構造になってゆく傾向にある。一握りの格子点が非常に大きなつながりを持ちそれ以外は少ししか持たない。(ダンカン。ワッツ、スティーブン。ストロガッツ、ラズロ・バラバシ)社会生活で一握りの人が非常に大きなつながりを持つのに似ている。それは配電網にも通信網にも現れる(大停電)

ガウス的なものとマンデルブロ的なもの
80/20ルール(VilfredoFedericoDamasoPareto)イタリア全土の80%は20%の国民が握っている。→仕事の80%は20%がやっている。努力の80%は結果の20%にしか反映していない。アメリカの本の売り上げは97/20.97%を20人の作家が書いている。囚人の虐待の大部分は一握りの看守が起こしている。それを首にすれば解決する。出版と戦争は解らない。どの紛争がこの惑星の住人の何割を殺してしまうか??

マンデルブロ:まぐれの美学

尺度をどんどん小さくしてゆくと、同じ型の繰り返しになる。(ブロッコリ=monk)

2つの超過件数の比率は、2つの超過件数の比のマイナスベキ乗に等しい。米国で25万部以上1年で売れる本は96冊しかなかった(2006)べき数を1.5(意味がないが)と仮定すると、50万部以上売れる本は96X(25/50)~-1.5=34冊1
0億ドル以上の資産の人の資産分布は、10億ドル以下の人の資産分布と似ている。(アフィン性がある)べき数が3のフラクタルを使えば1987年の暴落は異常値ではなく
なる。
(アフィン空間(affine space)幾何学的なベクトル存在の場。絶対的な原点、座標、長さ、角度などのメトリックなものを除いた空間。アフィン空間にメトリック概念を付け加えればユークリッド空間となるとも言える。monk解説)

ランダム性への2つのアプローチ「懐疑的実証主義、非プラトン的アプローチ」vs「プラトン的アプローチ」

①プラトン性の境界の向こうにあるものに興味を持つ。vsプラトン性の境界の内側に集中する。

②「わからない」と言える人を尊敬する。vs君はこういうモデルの批判ばかりしているがほかに何があるんだ。

③ランダム性の主な源はblack swanだと言える。vsランダム性は普通の変動と考え後でジャンプを付け加える。(100年に一度の経済不況というのはやめて!monk)

④正しいことをおおざっぱにやる。vs間違ったことを几帳面にやる。

⑤実践から直感を育む。vsまず本、それから実践。

⑥高度な職人技。vs粗雑な科学
⑦幅広い事象に大雑把に正しい事を目指す。vs隅々にわたる細かい仮定に基づく予見の狭いモデルの中に完璧に正しいを目指す。
⑧たたき上げ。vs天下り。

理論より仮定を重視して身構えていれば、不意を突かれても驚かない。

小さな失敗はそれほど心配しないが大きな失敗を心配する。投機的なベンチャー企業よりも「優良株」に不安を感じる。ベンチャーの反動は最初から分かっており投資を抑えれ
ば損を回避できるが、「有望株」「優良企業」は見えないリスクの代表だ。(BlackSwan作者のTalbは最近、トレーディングを始めてから儲けたのは3回しかない。

1987,1998,2008年だとうそぶいている。ただしBlackSwanを書いたのは2006年)

人は意見の合わない人から一番多くを学ぶ。

電車を逃がして残念なのは追いかけたときだけだ。

リスクを管理すればするほど、リスクの規模は大きくなる。

などなど。おしまい。

2009年7月5日日曜日

イノシシに遭遇

イノシシに遭遇
いつものジョギングコース、平野神社から金閣寺、しょうざん、光悦芸術村、鷹ガ峰、千本北大路から再び金閣寺、堂本美術館、竜安寺、等持院を経由して帰着。やく8km。今日もいい調子でジョギング。ところが鷹ガ峰にさしかかる手前で事件発生。川のほうでガサガサと大きな音がすると目の前を3匹のイノシシ(体長約70cm)が横断、山に向かって疾走。(爆走とは言わない)それに続きウリボー(子ども猪20cm))が数匹。どこの世界にもドジなやつはいて一匹だけ斜面が登れない。目の前でうろうろ。こっちは上から親が来ないかとひやひやモノだ。何とか無事登れた。僕も、サラリーマン生活を辞めて久しく相当野獣化しているとはいえ、丸腰でやはり獣は怖かった。この間は、山で獣におやつの上前をはねられるし、愛宕山では鹿の集団に遭遇もした。どうも、最近、獣との接点が増えたかもしれない。ペットの犬ねこしか接点がないほうが不自然ともいえるが。