2008年10月1日水曜日

山小屋プロジェクト:WaterValley始動:2008.10.01


以前から山小屋をつくるのが夢だった。サラリーマンを辞めた時の生活の理想のリズムは、週4日は自分の事務所に出社、1日は山にこもって本を読む、土日は休む、月1回は東京など京都とは違う都市の空気を吸う、だった。そのために欲しかったのが山小屋だ。場所は京都市内(市街地)から車で30分のaterValley.時々、デッキチェアと一冊の本を持って行く秘密の場所だ。昔一度、間伐材で丸太小屋を作ろうとして挫折したことがある。その前は、山の管理人の老人がトタンぶきの軽微な小屋を作っていた。林道から15メートル程上がった、道と河が見える北斜面。息子がちいさい頃は、よくBBQをしたり、テントを張って一夜を明かしたこともある懐かしの場所でもある。
 きっかけは、雑誌に2X4で小屋を作ったと言う記事を見つけたこと。これなら一人でも出来そうと思った(誤解した)のが事の始まりだ。
制作記事との大きな違いは
1.フラットな都会の地面vs山の斜面=アジャスタブルで後にもレベル調整が可能な基礎のテクノロジが必要
2.電気が使えるか否か=効率を上げようとすると充電式工具が必要(インパクトドライバー、丸のこ)3.トラックで搬入できるか否か=ロジスティクス問題(四駆のウインチと滑車でリフトアップ)現在のところこんなところだ。多分、想定外の難問見込み違いは後からマダマダ出てくるのだろう。論理的には以上だが、
「精神的にやるぞ!」+「理解者(妻)」+「協力者(とその奥方)」+「時間」+「資金」経営と同じだ。
松下幸之助はしばしば「感謝の心」と言ったがそうなんだろう。
ふと、考えた。山小屋もお金をかければ出来てしまう。しかし、どうしても「心」が欠落してしまう。「俺は資金があるんだ。なんでもできるぞ」と言うところには何か足りない。もっと「サブプライムと金融工学」に飛躍すると「集めたお金」=「出資者」との心の繋がりを見ることは難しい。融資を頼みに行って貸してもらえた、貸す側も事業計画をみて資金回収できるとみた。そんな人間関係。真の事業家とバンカーがいない悲劇だ。 恐慌と山小屋?とにかく、「やるぞ」